2018年01月15日

「社会」に振り回されたり生き急いでいたりしていないか(2018/01/15)

お風呂に入ることさえ、億劫になるときがある、変な生活をしている私です。

近年、人々の趣味趣向の多様さが、マスメディアの衰退などによって露になってきています。これは良い兆候だとは思っています。ただ、それでも、社会は画一的な面を度々のぞかせ続けており、そういう長いものに巻かれることも、日々少なくありません。

特殊な生活環境に置かれている私としては、「普通」というものに付き合い続けることは不可能なので、なおさら生きづらい状況なのですが、最近「勝手に自分で生き急いでいる」自分に気づくことがあります。

ネット環境の身近さなどにより、すぐにスマホを手に取って操作したり、PCに一日中向き合ったりしていることも、生き急ぐことを助長しているのでしょうか。

他方、スマホ等が、社会の画一性を崩している面と、人々を同一の状況に知らず知らずのうちに縛り付けている二面性に、私も気づき始めたのでしょうか。

自分と身近な、全てのものと、距離を置くことは不可能ですが、道具的なものとは、少し距離を置く時間を取ることも必要ではないかと最近感じています。

それとは別に、最近、生き急いでいないだろうか、という気持ちがあります。お風呂に入ることさえ、無駄な時間に感じ、そのくせ、他に何かしなければならないわけでもない、そんな変な自分を変えてやることも必要だと思いました。

「人生は死ぬまでの大いなる暇つぶしだ」と思ったこともありましたが、それは、あまりに後ろ向きの考え方だと今になって感じました。障害を抱えていても、日々じっくりと一つ一つのことをこなしていく…目の前のことに積極的に向き合える自分でありたい、そう思うと、時間の区切りを忘れて物事に取り組み、生きていることを実感し続けていたいと思います。

頻繁に起こすことではありますが、なにか、虚無感を感じたときは、「生き急いでいないだろうか?」と自分に問いかけてみたいと思います。
posted by とらのすけ at 07:27| 雑感等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

新年あけましておめでとうございます(2018/01/01)

新年あけましておめでとうございます。

早朝、他の家人がまだ誰も起きてきておらず、静かに朝を過ごしています。

なんだか、例年よりも、年明けらしい、何とも言えない、停滞した感がまだ感じられません。お正月前後の時期、私はあまり好きではないのですが、今年は趣が少し違うような感じがしています。なぜなのかはよく分かりませんが。。

私のブログを書く上での抱負を述べてみますと、もう少しゆったりとした気持ちになって、文章をまとめ上げることはできないのだろうか、と感覚的な話になってしまいますが、思います。

精神疾患のせいで、何となく心がざわざわと落ち着かないなかで、なんとか自分で平静を保ちつつ、思ったことを適当に文章にしたためているのですが、自分で「いい出来だな」と思える文章は数えるほどで、「まあ、この程度だな、自分の能力では」との感想を持った文章が大半です。

もう少し、ゆったりと構えて、文章を書けるようになれば、ブログを書くこと自体がさらに楽しく感じられてくるのではないかとも思いますし、記事の内容にも幅が出てくるように思います。

ブログの質を上げていくことを、2018年の目標にしていこうかな、とこの記事を書きながら思った次第です。

本年も「とらのすけブログ」をどうぞよろしくお願いいたします。
posted by とらのすけ at 07:50| 雑感等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

2017年の金銭生活回顧(2017/12/31)

2017年もとうとう最終日となってしまいました。

私の金銭の出入り(というか支出)は、なんだかあまり自制の利かないところも多くて、反省・改善しなくてはならないところが多かったように思います。

支出目的の第一位は、断トツで遊興娯楽費。競馬にかなりのお金を使いました。その日の投入額にかかわらず、ハズレて種銭がなくなって、ゲームオーバーになった時の虚無感は半端ないんですが、それを繰り返しています。

お金は「競馬周りにしか使っていないのだから」という言い分で、年後半は通してきましたが、どうも正当化して論じることには無理があると感じてきました。なので、結論としては、競馬費用は圧縮する、しかありません。

「お金のなくなるような、競馬なんかより面白いことが、世の中いっぱいあるよ」と言う方もいらっしゃるでしょう。しかしながら、私のような障害者は、まともな労働技能がありませんし、私には、ものを造って楽しい、という気持ちが全然ないので、何かを造るということもありません。少し情けない思いをすることもありますが、そこは仕方ないという気持ちもあります。

第二位は、証券投資。これにも、結構なお金を使ったと思います。マイナス幅は、競馬より少ないとは思いますが、いずれにせよ、マイナスですから、支出に該当します。

証拠金取引をやったりもしました。証拠金取引はもう懲り懲り。レバレッジ投資なら、少額投資家はeワラントでほんの少額で日々遊ぶのが一番いいと思います。それとは別に、コツコツと貯蓄風の投資をやっていく。それを、今年の最後になって実行できたのは良かったな、と思います。

それ以下の支出となると、ほとんど見当たらないので、以上の二大支出で2017年は終わったと言えそうです。

2017年までは、競馬が一大事業みたいになっていたので、2018年は賭ける金額を縮小させることを目指します。競馬場訪問は続けるつもりですが、メリハリをつけて一日を通した馬券を買っていかないと、財政が健全化しません。

2018年の投資は、現在のかたちをキープしていきたいです。eワラントで短期テーマ投資、そして、その裏で国内債券インデックスファンドに、いつまでかは分かりませんが、毎月定額積立投資をします。投資は、「面白い投資(eワラント)」「つまらない投資(投信積立)」の二本立てですね。

週末の競馬支出の最終的な結果に、いつも「こんなに使うはずじゃぁ…」と驚かされてばかりですが、そこをなんとか抑えていくのを目標に、2018年は過ごすことになりそうです。
posted by とらのすけ at 06:32| 雑感等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

「マーフィーの成功法則」と「となりの億万長者」(2017/12/06)

私は、ジョセフ・マーフィー博士の著書が以前から好きで、愛読してきました。

まだ、マーフィー博士のような思考ができているとは思えませんが、楽観的になれるという点では、暗黙の裡に私の若いころの人生に好影響を与えてくれていたのではないかと思います。

マーフィー博士の重視するのは、「精神的」「物質的」両方の「富」です。私は、物質的な富に困らずに生きていきたいな、とずっと思ってはいます。

「となりの億万長者」のほうは、「金持ちは、見かけを気にせず、華美な生活もしていない、ごく普通の人で、勤倹貯蓄志向の人だ」ということを説明したような本です。

我が国の戦前の億万長者である、本多静六博士も「好況時は勤倹貯蓄」「努力即幸福、幸福即努力」と説いています。

私は、もっと虫のいい考えをしてもいいのではないか、と思うので、マーフィー博士の考え方のように、いつも楽観的でいて、かつ、富が絶えず流入し、また、それを使うことに罪深さを抱かず、といった生活を理想としたいのです。

最近書いた記事で、支出を絞り、貯蓄をしていくと書きました。まあ、私は特別に華美な生活を送りたいとは思わないですし、余計なものも欲しくないので、「となりの億万長者」的な生活は送れる素地があるとは思います。一方で、競馬や資産運用のような賭け事は好きなので、そういうものにはめいいっぱいお金を使えるようになりたい、と現時点では思っています。

マーフィー博士の思想と、「となりの億万長者」は、相反するような考え方に見えるときもあります。でも、「となりの億万長者」になれる素質があるのだから、あとはマーフィー博士の考え方をマスターすれば、「鬼に金棒」じゃないか、とも思います。

毎日の思考習慣を見つめ直していくと、思わぬ答えが見つかるかもしれない、とまた虫のいいことを考えています。「そんなにうまくいけば、苦労しないよ」と頭から否定する人は、うまくいくことは絶対にない、というのが、マーフィー博士の考え方ですから、思考習慣をさらに整えていくことが、私が豊かになる鍵になるかもしれないな、と思います。
posted by とらのすけ at 07:52| 雑感等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

音声認識技術に感じる大きな将来性(2017/09/21)

音声認識の技術についての話題の続きです。

音声認識については、私も、AmazonやGoogleの音声認識に関する報道を見聞きしてはいましたが、「あまり自分には関わりのない話ではないのか」と思っていました。

しかし、 iPhoneでGoogleアシスタントアプリを使い続けていくうちに、「この技術がどんどん発展していけば、人々の生活は大きく変わっていくはずだ」と確信しました。

昨今は、 YouTubeやインスタグラムをはじめとした動画や画像の配信が活発に行われています。ですが、ブログやTwitterそれに ウェブサイトでの文字による情報発信も、有用であり続けると思います。

その理由は、情報伝達の速度の違いです。静止画像は簡単に人々に物事を訴えかけることができますが、情報量は文字列情報よりも限られたものになると思います。動画はさらに、再生している間、見ている人はその動画に拘束されるわけですから、文字列情報よりも情報を得るのに時間がかかります。

というわけで、人間が情報発信する際、文字情報を発信することは、重要であり続けると思うのです。

AI(人工知能)が人間をアシストする技術であるとするならば、音声認識こそ現在の最先端の有望分野ではないかと思います。

私が音声認識技術に関心を持った理由は、自分が障害者であるということもあります。

私は四肢に不自由はありませんが、タイピングに非常にストレスを感じています。私はストレスに弱い体質なので、動画を長時間視聴したり、たくさんの画像を見たりするのには、抵抗があります。

その点、文字列情報であれば、読む際も、書き込む際もストレスは少なくて済むと感じています。もちろん追加で画像があると便利ではありますが、あくまで補助的な情報です。

前回の記事では、試みにiPhoneの音声入力機能を使って、iPhoneでアプリからブログを書いてみましたが、今回のように、PCからもGoogleの音声入力機能を利用してブログを書いてみようと思います。

今のところ、Googleの音声入力機能を使っての文字の入力は、Googleドキュメントに下書きをして、テキストを貼り付けるしか方法がないのですが、頭で思ったことを素直に表現するには、音声入力の方が良いと、こうして書きながら思いました。

音声認識・音声入力技術については、また折に触れて記事を書こうと思います。
posted by とらのすけ at 22:48| 雑感等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音声入力でブログを書く(2017/09/21)

音声入力でブログを書けるのか?

iPhone7を購入してから、Googleアシスタントを使用することがあり、その際、音声入力を使うことを推奨されているので、アシスタントに音声入力で質問をしていました。

Googleアシスタントは文字を誤変換した場合でも、的確な答えが返ってくるので、なるほど、音声入力と言うものも、思った以上に使えるものだと思い、今、この文章のほとんどを、音声入力で入力して書いています。

文字の誤変換などもあり、必ずしもスムーズとはいきませんが、音声入力でも、それなりの文章が書けることがわかります。

これからは、音声入力でブログを書く機会もあるでしょう。特に、パソコンが使えない自宅外でのブログ作成などに効果を発揮しそうです。

また、こうしてブログを書いていると、キーボードでの入力は、自分にとっては、かなりストレスを強いることなのだと気づきました。

音声入力がさらに精度を上げ、実用的になることを願ってやみません。
posted by とらのすけ at 16:28| 雑感等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする